ミラノから日本に戻ってきました。
当たり前ですが、日本では日本語が通じます。
自分の意見を伝えたり、コミュニケーションを取ったりするのに、何の不自由もありません。
しかし、共通の言語を持たないと、この当たり前が当たり前でなくなります。
ミラノ滞在中は、ほとんど英語でした。
ホテルやレストランで、こちらの要望を伝えることはできます。
相手の反応を踏まえて、こちらの要望を再度伝えて、調整をすることもできます。
これは、コミュニケーションというよりは、ビジネス上の調整です。
一定のルールのもと、お互いの意見を交換しているに過ぎません。
イタリア語となると、まったく意思疎通ができません。
英語も通じないところでは、注文をして料理を受け取るだけでも一苦労でした。
ルールが分かれば、それに従うことができますが、言葉が分からないとそのルールも分かりません。
言葉が通じない不自由さを感じました。
一店舗だけ、日本語が通じるお店がありました。
日本語で会話を行っていると、ニュアンスまで伝わってきます。
相手が面倒くさがっているかどうかまで、分かってしまいます。
言葉は、単語だけでなくイントネーションなどでも、意味が伝わっています。