新型コロナウイルスを乗り切るために~老舗佃煮屋の挑戦~

株式会社江戸一飯田は、大正3年3月創業、築地場外市場に立地する老舗の佃煮屋です。
佃煮煮を中心とした加工食品の製造販売、大手スーパー等への卸売を行っています。

2019年に中央卸売市場が豊洲に移転したことから、市場機能が築地と豊洲に二分されましたが、新型コロナウイルスの感染拡大前は国内外から多くの観光客が訪れ活気が継続していました。
東京オリンピック・パラリンピック終了後は、築地市場跡地の長期間に渡る再開発が予定されています。

当社の支援は、2019年にスタートしました。支援初年度の2019年は「だんだん売上が下がっている」ことが課題でしたが、2020年に新型コロナウイルスの感染が拡大し、築地場外市場の来訪客が激減、当社の売上も危機的状況に陥りました。

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(1)仮説と検証

当社については次の3点の仮説を立て、経営者にヒアリングをするとともに、決算書類や外部環境のデータを調査し検証を進めました。

仮説①外部環境~日本の食文化の変化

1点目の仮説として、日本人の食生活の変化により、米や佃煮の消費量は減少しているのではないかと考えました。

そこで官公庁のデータを探すと、農林水産省のHPでは、国民1人・1年あたりの米の消費量は、1962年度の118.3kgをピークに、一貫して減少傾向にあり、2018年度には53.5kgまで減少していることが分かりました。

単身世帯の増加や共働き世帯の増加など、そもそも家でご飯を炊く割合が減少し、コンビニや外食を利用する割合も増えています。

従って、いわゆる「ご飯のおとも」である佃煮を食べる機会そのものが減少しており、佃煮が日本の食文化の変化に合わなくなっていることが、外部環境の大きな変動要因と見ました。

 

仮説②内部環境~大手スーパーの値下げ圧力により、低利益体質に

当社は佃煮を店頭販売しているほか、大手スーパーに卸売をしています。私は、ここで卸売部門は低利益構造になっているのではないかと仮説を立てました。大手スーパーの値下げ圧力が強く、中小企業がそれに応じることで、低利益体質になってしまうことが、これまでの支援実績でもよくある事例だからです。

経営者へのヒアリングや売上データの分析を実施したところ、①の外部環境の変化にや大手スーパーの業績不振により、そもそもの卸売量が減少していました。
あわせて仮説を立てたとおり、大手スーパーからは経費負担(リベート、センターフィー等)を求められていることから、大手の取引先ほど利益率が低くなっていることが分かりました。
最も低い取引先では、限界利益率が一桁になっているものもありました。

仮説③経営者の意識~危機感の薄さ

当社は大正期に創業した老舗です。
また、築地場外市場という恵まれた環境に立地していたことからか、ヒアリングをしている中でも、経営者の危機感の薄さを感じ取れました。
支援初年度の2019年は「売上が段々下がっているが、原因が分からない」程度の認識でしたが、2020年の新型コロナウイルスにより、そもそも築地場外市場へ来る観光客がいなくなってしまいました。
そこで、経営者の危機感にやっと火がついたとも言えます。

「食生活の変化」が大きな脅威であるほか、当社の弱みとして、その市場の変化や顧客ニーズを捉えた商品開発ができていませんでした。
また、下請体質になっていることから時代の変化に対応しようとする意識が弱いことを挙げています。

しかし、機会としては①築地場外市場のブランド力の高さ、②新型コロナウイルスによる家飲み需要の拡大可能性がありました。当社の強みとしては、①従業員のモチベーションが高い、②商品の品質の高さ、③経営管理データが揃っており分析ができる状態にある、といった強みを挙げました。

これらの分析を元に、短期的目線と長期的目線で実行支援に入りました。

 

(2)短期的目線での支援

当面の資金繰り対応として、短期的目線での支援から着手しました。当社は下請体質により低利益構造になっていることから、利益率を改善しキャッシュインを増やすことが、早急に取り組む事項と見極めました。そこで、次の2点に取り組みました。

①店頭販売商品の値上げ

まず、店頭で販売している商品の値上げを実施しました。
店頭販売商品も大手スーパーに合わせた値付けになっており、利益率が低くなっていたからです。
店頭販売商品であれば自分たちで値付けが変更できますので、すぐに取りかかれます。

支援前、当社の佃煮は1つ350円で、4つ購入すると1,000円に割引していました。このバンドル販売価格を3つで1,000円に見直しました。

値上げを提案すると「お客さまが離れてしまうのでは」と怖がる中小企業も多いです。
したがって、値上げを提案する前に、経営者と信頼関係をしっかり築くことが大切です。
信頼関係が構築できていれば「そこまでいうならやってみよう」と経営者も動きます。また、「試しにやってみて、だめなら戻しましょう」とクッションも加えて提案することで、不安な気持ちを持つ経営者も受け入れやすくなります。
結果、当社に関しては値上げをしても顧客の反応は変わりませんでした。

ただし、単に値上げをするだけでは、顧客は購入してくれません。
それだけの価値があると思われなければ、離反してしまいます。
ここでは同時に陳列とPOPの書き方も支援しました。
陳列では美味しそうに見えるボリューム感のある陳列の仕方、POPでは商品の良さ、お客さまへの価値を伝える書き方を支援しました。

②製造原価の見直し

販売価格の値上げと同時に、製造原価の見直しを実施しました。
具体的には、原材料の見直しです。例えばアサリの商品であれば、これまでアサリのサイズを見直すことで原価を下げました。
当社の商品の強みは、自社工場と熟練した職人がつくった「旨味の凝縮」であり、材料の大きさは顧客が求めていることではなかったからです。

一方、製造原価の見直しに対して、経営者からは業務効率化が提案されましたが、私は反対しました。
理由は、当社は味にこだわり手作業で大きな釜で佃煮を製造しているため、大量生産方式には向かないからです。

むしろ小ロット生産ができることを強みと捉え、こだわった商品をつくることで100円高く売りましょう、と支援をしました。

店頭販売商品の値上げと製造原価の見直しをしたことにより、粗利率が1.1ポイント向上しています。

また、店頭販売の値上げは2019年の支援から行っていますが、年間で最も当社の売上高があがる年末商戦において、2019年12月(2020年9月期)にはこれまでの3年間で最高値となりました。

 

(3)長期的目線での支援

商品の値上げと製造原価の見直しは、あくまで短期的目線での支援であり、支援先が根本から経営改善をするには、長期的目線での支援をする必要があります。
しかし、これには時間がかかりますので、まず短期的目線の支援で成果を出してキャッシュインを増やすこと、成果が出たことにより経営者からの信頼を獲得していくことが必要です。

当社は短期的目線での成功事例を積み上げたことから、長期的目線として次の3点に取り組みました。

  • コンセプトの明確化

老舗企業は、長い歴史を積み重ねたことでで、自分たちの強みが埋もれてきづかなくなっていることが見受けられます。
当社も同様に、自分たちが作る商品の強みを明確に認識できておらず、顧客へ的確な価値訴求につながるマーケティングができていませんでした。
あわせて、外部環境変化である日本の食文化の変化にも対応できていないことから、だんだんと商品売上が減っていたのです。

そこで、私は当社のコンセプトの明確化に取り組みました。コンセプトは「誰が」「何を」「どのように」の3点から成り立ち、企業の想いや夢を顧客にとっての価値に変換し、それを理解してくれる顧客に適切な形で表現をして伝える必要があります。

コンセプトの明確化にあたっては、当社が作る商品の強みについてワークショプを重ね、結果「旨味凝縮」というキーワードがでてきました。佃煮は煮詰めることで素材の旨味を凝縮することからです。

コンセプトが「旨味凝縮」に定まったことで、商品が従来の「ご飯のお供」としての用途以外に広がることが可能となりました。
例えば、魚介の旨味は酒の肴として楽しむことができ、実際に佃煮とともに日本酒を楽しむシーンが想像できます。

コンセプトを明確にしたことで当社の強みを認識し、外部環境の驚異である「日本の食文化の変化」「米の消費量の減少」に対応できる新商品開発へとつながっていきました。
当社は、核となる提供価値がなかったのではなく、自分たちで気がついていない状態だったのです。
コンセプトが明確になることで、やるべきことも明確になります。

  • 新商品開発支援

外部環境に対する根本的な対策として、これまで「ご飯のお供」としての佃煮を提供していた考え方を変える必要がありました。
当社の強みのうちの一つに「従業員のモチベーションが高い」ことがありましたが、一方弱みとして、商品アイディアはあるものの、それを形にできていない点がありました。

そこで策定したコンセプト「旨味凝縮」に沿い、あわせて家飲み需要に訴求できる新商品開発に取り組んでいます。
新商品開発の狙いは、新たな客層の獲得と高単価商品の販売です。
具体的には、佃煮の技術を活かして作る新たなおつまみのほか、これまでの佃煮ではなかったような、尖った味付けの商品を開発しました。
これほど多くの新商品が出ている現代において、中小企業が売れる商品をつくるには、尖った性質が求められます。
結果、その尖り具合が受け売上があがっています。また、商品のジャンルを佃煮からおつまみに変更することで、同じような商品でも商品単価を上げることができました。

 

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新商品開発は失敗と隣り合わせですが、専門家がフォローをすることで失敗の確立が低くなるほか、失敗を次に生かす視点に変えることができます。
成功体験を重ねると従業員のみなさんから様々なアイディアが上がるとともに、チャレンジ精神が出てくるようになりました。

新型コロナウイルスで危機的な環境になったということもありますが、当社がこのようにポジティブな方向性になったことは、支援をしている者としてやりがいを感じます。

  • インストア・マーチャンダイジング改善

コンセプト「旨味凝縮」の明確化、新商品開発を進めても、それが顧客にきちんと伝わらなければ、売上につながりません。
特に陳列やPOPといったインストア・マーチャンダイジングは、店舗の現場に日々立つ従業員が自律的に動かなければ機能しません。
短期的な支援では私が主導しましたが、今後は従業員のみなさんに行っていただかなければなりません。

インストア・マーチャンダイジングでは「商品の伝えるポイント」を整理し、陳列やPOPで具体化することが求められます。
ここでは私がファシリテーターとなって従業員のみなさんとワークショップを実施し、商品の強みの整理し、それをどう顧客に伝えれば伝わるかを一緒に考えました。

陳列やPOPの支援方法としては、まず私が「こうしたらどうか」と提案し、やってみせます。
それを、私がいない間に従業員のみなさんに実践してもらいます。
次の支援時に訪問した際は「こうしてみたんですが、どうでしょうか」と質問をいただきますので、それに対してまた助言を行います。
陳列やPOPは「お客様が買ってくれる」ことが目の前で見えますので、成功体験を積み上げやすいです。
「やってみせ、やらせてみせて」を繰り返し、成功体験を積み上げることで、従業員のみなさんが自律的にできるようになります。

 

4.中小企業支援で重視していること

経営コンサルタントとして独立してから10年、私は中小企業支援に携わるにあたり、次の2点を重視しています。
それぞれ、本事例の江戸一飯田に当てはめて解説いたします。

①根本課題への解決に注力

今回の事例の根本課題は「外部環境に適応できず、コンセプトが明確化されていない」でした。

真面目に経営をしている会社ほど、あれもこれもと課題がでてきます。
たくさんの課題に一度に取り組むことはできませんので、優先順位をつけて重要課題に経営資源を集中すべきです。
複数の課題を紐解いていくと、根本課題は1つなります。

この根本課題を見つけるためには、様々な問題があるなかで、その根っこはなにか、各課題の関係性はどうなっているのか考えています。
そのためには、1つ1つの事象を深く掘り下げるとともに、全体を見るように心がけています。

②短期的収益と中長期的収益のバランス

赤字体質や債務超過に陥っているなど、経営改善が求められている企業にとって、まずは溢れ出るキャッシュアウトを止めることが必要です。
今回の事例では、自分達でコントロールできる商品の値上げと、製造原価の圧縮に取り組みました。

しかし、短期的収益だけを見ていては根本課題の解決になりません。{中長期収益のバランスを見て、根本課題の解決につながる中長期的な支援も同時並行で行う必要があります。今回の事例では、コンセプトの明確化から、新商品開発、インストア・マーチャンダイジングの改善の支援を実施しました。